世界への広がり|コーヒーハウスからサードウェーブまで

モカ港からヨーロッパへ、そして世界へ。コーヒーが世界を巡った道のりです。

17世紀ロンドンのコーヒーハウス

モカ港からヨーロッパへ(17世紀)

イエメンのモカ港は、長らく世界唯一のコーヒー輸出港でした。オスマン帝国からヴェネツィア商人の手を経て、17世紀にコーヒーはヨーロッパに上陸します。

  • 1652年 ロンドン:コーヒーハウス第1号が開店。最盛期には市内に3,000軒
  • 1ペニーで知識人の議論に参加できたことから「ペニー・ユニバーシティ」と呼ばれた
  • ロイズ保険組合や証券取引所は、コーヒーハウスの常連たちから生まれた

コーヒーハウスは単なる飲食店ではなく、新聞・保険・株式・啓蒙思想を生んだ情報革命の現場でした。

栽培の独占、そして流出

コーヒーの利益を独占したいアラビア側は、発芽する種子の持ち出しを厳禁していました。しかし——

  • 17世紀末、オランダが苗の持ち出しに成功し、植民地のジャワ島で栽培開始
  • 1727年、ブラジルへ(外交官が総督夫人から花束に忍ばせた苗を受け取ったという逸話も)
  • 以後、中南米・カリブ海へ爆発的に拡大し、ブラジルは世界一のコーヒー大国

エチオピアからイエメン、欧州、ジャワ島、中南米へ広がったコーヒーの経路

3つの「ウェーブ」— 現代コーヒー史

アメリカを中心とした消費文化の変遷は、3つの波で語られます。

ファーストウェーブ(〜1960年代)

インスタントコーヒーと大量生産・大量消費の時代。コーヒーが日常の飲み物になった。

セカンドウェーブ(1970年代〜)

シアトル系カフェ(スターバックスなど)の登場。深煎り豆のエスプレッソドリンクと「カフェで過ごす体験」が世界に広がった。

サードウェーブ(2000年代〜)

豆の産地・農園・品種・精製まで遡るスペシャルティコーヒーの時代。ワインのようにコーヒーを味わい、浅煎り・シングルオリジン・ハンドドリップが再評価されました。日本の喫茶店の丁寧なハンドドリップ文化は、サードウェーブの担い手たちに大きな影響を与えたといわれています。

インスタント、大型カフェ、スペシャルティへと移る3つのコーヒーウェーブ

そして「4杯目の波」へ?

サステナビリティ、生産者へのフェアな対価、気候変動への適応(「コーヒー2050年問題」)——。コーヒーの歴史はいまも書き続けられています。次章は「日本のコーヒー史」へ。